「ぐっっっもーにーーんっ、みぃぃぃやぁぁぁびぃぃぃ!!」


“どごっ”


「っ痛ぁー……」

「うっそん当たった!」


朝っぱらからついてない。まさか優の鞄にやられる日が来ようとは。

それもこれも全部夢前の所為だ。アイツがあんな話するから。





思考+++side 斑咲





5時…14分、か。

アイツ…私が昨日お風呂入ってない事見越して早めに起こしやがった……。


軽くシャワーを浴びながら考えてみた。昨日アイツが言ってた事。

アイツの、あの眼。

本気だった。

初めてだった。アイツのあんな眼見たの。咄嗟に何も言えなかったのはその所為。

直ぐに誤魔化しに入ったけど、あんなので私を誤魔化せると思ったのか。


きっとあれが理由だ。あんなに必死になって私を追い出そうとする、理由。

昔、何かが起こったんだ。私の知り得ない、何かが。

向こうで夢前と出会った人の話かもしれない。はたまた、夢前本人の事なのかもしれない。

どちらにしろ良い事じゃないのは確かだ。


消えちゃうって、なんなんだろう。



*   *   *   


「いやん雅っ!大丈夫!?」

「自分でやっといてそりゃ無いよ優…あいたたたた……」


初めて優の鞄攻撃を受けてしまった。微妙に屈辱。

金属コーティングが当たった側頭部が激しく痛む。絶対英単語50個位飛んだよ、今ので。

考え事してて反応出来なかった私も悪いんだけど……。


考えても、考えても考えても考えても判らない。ねぇ、夢前?

『君はあのとき、何を言い掛けたの?』

そう、訊けたらどれだけ楽なんだろう。

でも、私にそれが出来るんだろうか。アイツのあの眼に見つめられても。

無理、だろうな。私みたいな意気地無しには。


結局、向こうに行っても私は私の儘なんだ。世界は変わっても、私は変われない。

理想郷に行っても、理想の自分にはなれない。

歌って踊って暴れて叫んで、それでも何も変わっちゃいない。

そう、何も変われやしないんだ。


「…やび?みやびってばー!」

「ぅえっ!?」

急に思考を断ち切られた所為で思いっ切り素っ頓狂な声を上げてしまった。恥ずかしい。

「また変な顔ー!最近多いっ!」

「あ……」

やっちゃった。

「ねぇ雅、私で良ければ話してよ、ね?おかしいよ、最近のみやびん」

「……っ!」


……また、この子は。

私の苦労なんて判らない癖に。私の悩みなんて理解出来ない癖に。

優みたく頭の良い子には判んない。比較の対象にされるような子には。皆から期待と羨望の的にされるような子には。


判ったんだよ、私。自分が何で満たされないか。

誰からも必要とされてないから。皆、皆みんな私の事なんてどうでもいいから。だから私も満足出来ない。

結局の所優だって私の事なんてどうにも思っちゃいないんでしょう?こんな出来損ないの事なんて。

優みたいにずば抜けて勉強が出来る訳でもない。怒られるのが怖いから髪だって染めたくても染められない。

何事も人並みか、頑張ってちょっと上に行ったとしても、所詮はその程度の存在なんだ。

その程度の存在にしか、なれないんだから。


神様は人間を平等に創った、だなんて全くの嘘で。

この世界の何処を見たって、そんな綺麗事は出てこない。


幾ら頑張って走ったからって、地平線の向こうを歩いている人には追いつけない。

そういう、ものなんでしょ?

どんなに頑張っても、私は優には届かない。


優は出来る子で、私は駄目な子、だから。


「……御免、優。私今日は駄目だ。帰るね」

優にあたって全てをぶち撒けてしまいたい衝動を何とか抑えて、私は吐き捨てるように呟いた。

「え、ちょ、待ってってば雅!どうしちゃったのさっ!雅ッ!!」

優の静止を振り切って坂道を駆け下りる。速く、速く速く。

運の良い事に、坂を下った所にバスが止まっていた。必死で飛び乗ると、その瞬間バスが発車した。

後ろの窓から覗くと、優が唖然とした顔でバスを見つめていた。


御免ね、優。ホントに御免。

あのまま貴女といたら、きっと傷付けてしまったから。

ううん、嘘だ。正直な所私が傷付きたくなかっただけ。卑怯者だ、私。


もう、どうしたらいいか判んないよ。

臆病で出来損ないでその上卑怯なんて。これ以上救いようのない状況なんて滅多にあったもんじゃない。

世界一最悪な高校生としてギネスブックに申請でもしてやろうか。そんなので載っても嬉しくないけど。


“次はー 市立図書館前ー 市立図書館前ー”


独特な言い回しのバスのアナウンスに誘導されて、私は停留所に降り立った。

特に目的があった訳でもないんだけど、間違っても家には帰れないし、取り敢えず。

偶にはゆっくり本を読んでみるのもいいかもしれない。


沢山の本棚が並んだ小奇麗な空間に足を踏み入れると、懐かしい空気が肺を満たした。

中学生の頃は暇さえあったら来てたんだけど、流石に最近はあまり来なくなったから。

やっぱり落ち着くなぁ、この空間。


本棚の隙間をぐるぐる廻って、気になる本を3,4冊抜き出すと、私は一番隅の席に座った。

夏になったら気持ちいい風がそよそよと吹き込んでくる、私のお気に入りの場所。流石に今の季節は窓閉まってるけど。


持ってきた本を開いてみる。1冊、2冊、3冊。次々と読破していく。

最後の本は、お化けになった女の子と、お化けを拾った男の子の話だった。

「僕は何も出来ない」だってさ。嘲っちゃうよね。

ホントに何も出来ないのは私だ。ホントに誰も救えないのは私だ。

このお話の彼程に、優しくなんてなれないから。


気が付くと図書館の閉館時間が迫っていた。一体何時間此処にこうやっていたんだろうと指を折って数えてみると、彼此8時間位経っていた。

今日一日何してたんだろうなぁ、私。夢前への土産話って言ったら、私が今日読んだ本だけか。まぁいいや。

取り敢えず、家に帰ろう。入れて貰えるかな……。



家に帰っても、お母さんは何も言わなかった。私の非行に遂に愛想を尽かしてしまったらしい。

やっぱり出来ない子は大切にして貰えないらしい。ちょっと淋しいけど、今日は好都合だ。

夢前と、話してこなくちゃいけないから。





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