「くっそーあのバ管理人めぇ……もうちょっと位いいじゃんか……」

あ〜あ、また始まっちゃった。





転機 +++side 斑咲





「おっは〜ん、み〜やび〜♪」

“ぶおんっ”

「……おはよ、優」


毎朝恒例の危ない挨拶を交して(避して?)、私達は学校に向かった。

夢の中で大暴れした分、幾らか身体が軽い、気がする。

まぁ、実際暴れた訳じゃないけどね。ていうか暴れてたら恐いよマジで。


「ふしゅぅ、今日も避けられた……みやびぃ、今日の模試のオベンキョしたぁ?」

「模試は勉強して受けるモンじゃないっていう結論を下したのはアンタでしょーが。私もその考えは否定しないし」

「……んもう、みやびん大好きっ!」


ホントの所昨日は早くあっちの世界に行きたくて9時半に寝たんです、はい。

故に模試勉なんてしてる暇はナシっ!はい終わり終わり考えたくもないっ!


「雅っ!『む』の意味と活用型っ!」

「推量意志適当勧誘仮定婉曲で四段型」

「優っ!ここの証明の仕方教えてっ!」

「始めは証明終わりは四角だよん」

「そん位分かっとるわぁぁぁ!!」


多分どこの学校でも模試の日には必ず起きる現象。本番前の悪足掻き。

私達も例外無くそれに巻き込まれつつも教室での優雅な朝の一時を……。

過ごせる筈が無かった。


「優ゆうユウっ!高次方程式なんて私には高次元過ぎるのよっ!」

「おっ!上手いね!ってそうじゃなくてぇ……」

「み〜や〜び〜、この文章イマイチ意味分かんないし〜私古文嫌い」

「もう、そんな事言っちゃ古文が可哀想でしょうが……」


やっぱりこうなる模試の日の朝。

ああもう面倒臭い鬱陶しい!何で勉強なんてしてるんだよ私っ!

向こうに行ったら思いっきり歌ってハシャいで騒いで笑えるんだから、別にこっちの世界なんてどうでも良いしっ!

くっそー夢前め…あいつが起こしさえしなければこんなのにも撒き込まれなくて済んだのに。

……執着するなって言われても、やっぱり好きなんだもん。あっちの世界も、夢前も。


「あああああもう勉強したくないっ!寝たいっ!」

「またそれですか雅たん。最近ずっと寝たい寝たい言ってますよぅ?そんなに寝不足なの?」

「………ん〜ん。夢の世界の虜になっちゃったの」

「ナンデスカソレ?」

「別にぃ」


*   *   *


“キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン”


やけに間延びしたチャイムの音と共に今日のノルマは終わった。


「雅ン、どだったぁ?」

「最悪……多分また偏差値下がったわ……」


出来も最悪自己採点も最悪。これで偏差値下がってなかったら大したもんだ。

最近こんなのばっかりだなぁ…やってけるんだろうか、私。

まぁ、別にいいんだけど。


「ん〜……最近雅おかしいかも。ずっと上の空ってカンジ。テストも滑ってるしさぁ。何かあったの?」

「べっつにー。悪いことじゃないし、優には関係無い事だから」

「そう言われてもさぁ…やっぱ心配だよ、ワタシは」


優が上目遣いで覗き込んで来るのを軽くかわして、私は応えた。


「大丈夫っ!どうせ寝たら元気になるんだしさっ!さぁ今日も快眠第一早寝最高っ!」

「雅ぃ………」

ジト目で見られた。


とまぁ、そんな感じにどこか納得のいかなさそうな優をかわして、私は帰り支度を始めた。


*   *   *   


「ただいまぁ……」

「あら、お帰り雅。夕飯の支度出来てるわよ?」

「お風呂入ってくるよ…んで、寝る」


もう何でもいいから一刻も早く眠りたい。あっちに行きたい。


「もうっ!またそれ!?あんた最近ちっとも勉強しないじゃない!ずっと寝てばっかり!少しは…」

「ああもういいじゃん。勉強なら学校でやってるんだし」

「良くないわよっ!この前のテストまた成績下がってたでしょ!優ちゃんはあんなに頑張ってるっていうのに…」


また「優ちゃんは」か。

何でこっちの世界ではこんなにも人と較べたがるんだろう。

テストして、競争して、優劣つけて。

何でもそうだ。絵だって、歌だって、演劇だって、元々較べられる筈の無いものまで較べたがる。

確かにさ、出来る人の方がいいかもしれないよ、そりゃ。

でも、もっと、私を私として見てよ!


「…………」

「ちょっと雅!聞いてるの!?」


私はお母さんを無視して部屋に上がるとベッドに潜り込む。もうやってらんない。とっととあっちに行くんだ。

きっとそうなんだ。私を満たしてくれないものは優でも家族でもなくて、この世界なんだ。

あっちに行ったら皆が私を認めてくれる。誰も較べたりなんかしない。

あっちの世界が、私の本当の居場所。私だけの理想郷。

もう、今日は寝よう。そして、明日は起きない。決めた。



ずっと、ずっと向こうに居よう。夢前君のいる、向こうの世界に。





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