眠りにはレム睡眠とノンレム睡眠があって、夢を見るのと見ないのとはその周期で決まるとか。
とは言うけれど、夢前のところは違う。
これは私の推測なんだけど、眠る事によって意識がぶっ飛んでいくんじゃないかな。
だから、眠り方に関らず、私は向こうに行けるし、向こうに居れるし、忘れる事も無い。
それじゃあ私の意識はいつ休んでいるのかって事なんだけど。
そう、もしかしたらそこかもしれない。
限界まで覚醒して追い詰められた精神の崩壊。
それこそが夢前の恐れていることなんじゃないだろうか。
でも、そうだとすると矛盾が生じる、ん、だよなぁ。
意識を休ませられないのが夢も現も同じなら、アイツがあんなにも私を帰したがる説明がつかない。
いや、只単にアイツ自身が私の崩壊を目の当たりにしたくないだけ、かもしれないけど。
そもそも、そんな理屈の通用する世界かどうかも謎なんだよなぁ……。
駄目だ、さっぱり解んないや。
邂逅+++side 斑咲
……眠れな、かった。
お風呂に入って布団に潜って目を閉じて、アイツの許へ向かう準備は万端だった、筈なのに。
渦巻いた思考の中に突き落とされた感じ、とでも云うんだろうか。
ぐるぐるぐるぐる回る闇の中に独り取り残されて、酷く胸が苦しくなった。
淋しさ?いや違う。何かが足りなかった。久し振りに強く感じたあの苦しさ。
独りぼっちに、なったからかな。
結局一晩中布団の中でゴロゴロしていたらしく、気付けば外が明るくなっていた。
窓辺に歩み寄りカーテンを開けると、変化していく光が映った。
夜明け特有の、ピンクと橙と紫と水色が混ざった何とも言い難い空の色を眺めて、漠然と浮かぶ止め処ない画像の欠片の中で揺られる。
ふわふわ、ふらふら、ゆらゆら、ぐらぐら。
ふ、と、唐突に優の顔が現れた。思考のなかではなく、現実に。
上向きに傾げていた頭をそのまま斜め下に持っていった場所、つまり私の家の前で、優もまた空を眺めていた。
そのうち私が見ていたのに気が付いたらしく、彼女も振り返って私を見る。
ほんの一瞬見詰め合ってから、私達はどちらともなく笑った。
「ねぇ、みやびん。今日は何処に行こっか」
昨日の事などまるで無かったかのように屈託のない笑顔で問い掛けてくる優に、私もまた、笑顔で答える。
「そう、だね。折角の土曜日だし、散歩がてら市内を廻ってみるなんて如何?」
久し振りに歩いた街は、それでもすんなりと私達を受け入れてくれた。まるで時の流れなんて気にもしていないかのように。
歩くにはまだ少し寒かったけれど、陽だまりはぽかぽかと暖かくて、綺麗に輝いていた。
只、小学生の頃に通った大好きな駄菓子屋さんは無くなってたし、いつも私達に吠え掛かってきた恐い犬はすっかりお爺さんになっちゃってたけど。
「ねぇ、雅?此処で昔皆で爆走したよね。チャリでだけど」
「そう。今考えたらすっごく馬鹿だった。一歩間違えれば八百屋さんに突っ込んでたよきっと」
「…ねぇ、雅?あの八百屋さんさ、どうなっちゃったんだろうね」
「んん?大型のデパートが出来て経営不振になって潰れたんじゃなかったっけ」
「……そっか」
「変わっちゃうモンだね、全部、全部」
「………うん」
「優?今日はなんだかしおらしいね」
「…………雅、も?」
「え……?」
「雅も、なの?」
優の声が震えているのに気が付いて、ふと隣を見てみると、そこにはボロボロと涙を流す優がいた。
「雅も、かわっちゃうんだね。解ってるけど、解ってるんだけど、でも、駄目だよ、このままじゃ、絶対に」
「ちょっ…優……どうし」
「だって雅、ああなっちゃう前の光とおんなじ目してた!昨日の、あのとき、おんなじだったのっ!!」
「…………」
「雅も、雅も何処かいっちゃうの?嫌だよそんなの!勝手に私を置いてかないでよッッ!!」
「っ……!」
何も、何も言えなかった。
此処まで優が感情を露にすることなんてそう滅多にあることじゃない。
確かに優は表情豊かな子だ。これでもかって位に笑って、怒って、泣く。
でも、本当に心からの感情を表すことは粗無いに等しい。
お人好しで優しくて、お節介で責任感が強くて。
だから感情をコントロールしてるんだ。他の人が不安にならないように。他の人を、傷付けないように。
そんな優が爆発したこと、一回だけ、あった。
優の弟が朝起きてこなくなったときだ。
早起きしなくなったとかそんなのじゃなくて、言葉通り、起きてこなかった。
一日経っても、二日経っても、三日経っても四日経っても一週間、一ヶ月、一年経っても、起きてこなかった。
今では病院でチューブに繋がれている優の弟、光君。
お医者さんにも原因は判らなくて、只、果ての無い延命治療を受けている、彼。
そんな弟を救うために、優は医者を志した。
知ってたのに、私。優がどれだけ頑張ってるか。知ってた筈なのに。
それなのに、羨んで、嫉妬して、僻んで。
あー…最低だ、私。何てことしちゃったんだろう。
大変なのは、私だけじゃない。
「優、行きたい所があるんだ。ちょっと付き合ってよ」
私は泣いている優を半ば強引に引っ張ってとある所へと向かった。
小さな小さなそのお店は、昔と違わずその場にあった。
その店の前で優を待たせると、私は目当てのものを探しに中へと入った。
意外とあっさり見つかったそれを抱えてレジに向かうと、ふと一つのものが目に付いた。これって……。
「ごめん優、待たせたっ!」
「ん、だいじょーぶ。……それ、どしたの?」
私が両脇に抱えているもの―沢山の花―を見て、優が不思議そうに首を傾げる。
「ん?折角だから光君のお見舞いに行こうかなって。だったらやっぱり花でしょ」
「あ……」
「あと、これは優へのプレゼントっ!心配掛けたお詫びね」
手渡したのは、アカシアの花。淡い黄色が綺麗だった。
「……ありがとっ!みやびっ!!」
「ん、うしっ!やっと笑ったなこんにゃろ!じゃあ行こっか」
その時には既に、朝感じたもやもやはすっかり消えていた。
やっと、上手く回り始めた。
ん、だけど。
「雅?……みやびっ!!」
急に目の前が真っ暗になった、と、思ったら。
私の今日は、そこで終わった。
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